【第二話】一年目の四月八日

フリーノベル『公開設定を間違えた件について』

今日から日記を付けてみる事にした。

今まで、夏休みの宿題以外で日記を付ける事なんてなかったが、あまりに衝撃的なできごとがあり、それを書き留めておきたいと思った。

10歳の時に、この世の絶望とも思える衝撃的な経験をしてから、大抵のことでは驚かなくなったが、

今日、私の身に起こった出来事は、逆の意味で、15年の人生で最も衝撃的だったと思う。

高校受験に成功し、無事に合格をしてから、私の頭の中は勉強一色だった。

とにかく勉強をする。それだけを考えていた。

成績は、分かりやすく人に評価してもらえる。

もちろん、人間的な部分も大事にしたいし、人として立派でありたいとも願う。

だけれども、学校という限られた社会の中や、親子という特定の人間関係において、「成績が良い」というのは、分かりやすい評価の指標だ。

だから私は、とにかく勉強して、良い成績を収めることだけを考えていた。

そんな私の目の前に…あの、律音翔くんが現れた。

心臓が止まるかと思った。

入学式の時、なんとなく不思議な気配を感じて、ふと左前の方に目線を向けたら、そこに律音翔くんが居たのだ。

よく小説なんかで、「時が止まったように感じた」という表現が登場するけれど、あの時の感覚はまさにそれだった。

周りの風景が全て白黒になって、そこに律音翔くんだけがいるような感覚になった。

しばらく思考が止まった後、いろいろな疑問が浮かんできた。

彼は中高一貫の私立中学を受験し、合格したはず。

なぜ、ここに?

何かやらかしたのだろうか?

いや、彼はそんなヤンチャなタイプの男性ではないはず。

だけれど、現にここにいるという事は、なにかしらの事情があってこの高校を受験したのだろう。

入学式の間、私はたぶんずっと彼を見てしまっていたと思う。

周りの人たちは、さぞ私のことを不審に思っただろう…

事情はよく分からない。だけれど、私があの律音翔くんを見間違えるはずがない。

間違いなく、彼だ。

その後、私は声をかけてみるか否か、とても迷った。

5年前の約束を、彼は覚えているだろうか…?

覚えていてくれたら、それはもう飛び上がるほど嬉しいけど…現実的に考えると、忘れているのではないかと思う。

そもそも、あの約束をした時、彼は私と目を合わせてくれなかった。

聞いてはいたけど、生返事だったようにも思う。

考えた末、私は一方的に約束を果たしてみる事に決めた。

私が一方的に約束を果たしたところで、彼に何か迷惑をかけるような事にはならないだろうから。

だけれど、どうやって約束を果たそうか?

いきなり面と向かって…というのは、さすがに恥ずかしい。

何となく…の流れで、サラッと実行するのが良さそうだ。

もし彼が覚えてくれていたら、それなりの反応をしてくれるだろうし、

忘れていたら忘れていたで、それをキッカケに思い出してくれたら良いなと思う。

ああ、勉強一筋で頑張ろうと思っていたのに、本当に人生は何が起こるか分からない。

でも私はとても嬉しい。

高校受験に合格した時よりも嬉しいかもしれない。

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