【第十話】一年目の四月二十七日

フリーノベル『公開設定を間違えた件について』

今日の日記は、すごく長くなる。

まずは時系列に沿って、朝の出来事から書こうと思う。

数日前から毎朝、翔くんと一緒に登校している。

彼の存在は、いつだって私の明日を照らしてくれる。

自分を呪い続けていた毎日から私を救ってくれたのも、

失う恐怖を振り切る勇気をくれたのも、彼だ。

なんでも吹奏楽部の朝練に、自主的に参加をしているらしい。

家の事情で早くに学校へ行くことにしていたが、それがこんな形で報われるとは思っていなかった。

さっきまで彩音とも話していたけど、本当に神様は粋なことをしてくださる存在だと思う。

さて、今朝のことだが、私が朝早く家を出る理由を、改めて尋ねられた。

数日前、「早い時間に学校へ行くのは、家を早く出たいから」と話したのだが、

そのことを気にしてくれていたらしい。

彼が私の言った事を覚えてくれていて、しかも気にしてくれていたのが嬉しくて、

どう答えるか迷った。

相手が彼でなければ、親とケンカ中だとか、早朝の散歩が好きだとか、誤魔化したと思う。

でも、彼には誤魔化したくないし、ウソもつきたくない。だから正直に話そうと思った。

その結果、もし哀れみや同情を買っても良いと思った。

だから、家庭の事情をそのまま話し、なぜ早くに家を出るのか。なぜ勉強するのかを話した。

当然、ずいぶんと驚いていた様子だった。

そして学校に着いての別れ際…予想外の言葉をくれた。

正直、彼もこれまでの人達と同じように同情するのだろうと思った。

哀れみの目で見られたり、同情されたりするのは好きじゃない。

私は自分の意志で父を選んだ。自分の意志で地獄の苦しみを引き受け、自分を徹底的に呪った。

だから同情されるとしたら私じゃなく、父だろう。

今までこういった家庭の事情を、担任の先生や、親しくなった人にだけ話したことがあるが、

全員が哀れみの目で、私に同情した。

その時の常套句が「力になりたい。何かできる事があれば言って欲しい。」・・・だ。

優しさからの言葉だと信じたいが、私には高みの見物に思えてしまう。

そういった常套句を使わず、「ふーん。良いんじゃない。人生いろいろだし」と、

驚くほどあっさり話を聞いてくれたのは、彩音だけだったな。

だから、きっと翔くんも私を哀れんだり、同情するんだろうなと思っていた。

でも、寝ても覚めても全身を焼き尽くすような地獄の苦しみから私を救ってくれたのは彼だから、

同情されて惨めな思いをする自分を守るより、彼のために正直に話す方を選んだ。

案の定、彼は「何か力になれることがあったら言って欲しい」と話し始めた。

何度も打ちのめされた言葉に、心がギュッと締め付けられるような気がした。

だが・・・次が、違った。

なんと私の勉強に対する姿勢を「カッコいい」と言ってくれた。

それだけじゃない。真っすぐ私の目を見て「応援したい」とまで言ってくれた。

・・・嬉しかった。

嬉しくて、嬉しくて、体中が熱くなった。

心が一瞬で晴れ渡ったような気持になった。

ずっと昔、母から、

「誰の心の奥にもお日様がいる。いつでも晴れ晴れとさせておくんだよ」

と話してもらった事を思い出した。

でも、私の心の中はずっと土砂降りのままだ。

どうやったら晴れるのか、全然わからない。

ただ、そんな土砂降りの雨に打たれ続ける私を、彼はちゃんと見てくれた。

安全な場所から「いつか晴れたらいいね」と無責任に言う人達とは違った。

彼ともっと仲良くなれたら、心のお日様を取り戻す方法もわかるだろうか。

正直に話してよかった。

もっと彼のことを知りたい。もっと彼の言葉を聞いて、想いを知りたい。

私のことを忘れてしまっていたショックは、もう些細なことに思えてきた。

明日の朝もまた彼に会える。教えてもらったオススメのマンガとアーティストはしっかりチェックしたし、たくさん話せたらいいな。

帰宅してからは、彩音と過ごした。父とあの人の帰りが遅くなるそうだ。この時間もまだ帰ってこない。

彩音の両親も帰りが遅いということで、いつも通り我が家で彩音と夜ご飯を食べながら過ごした。

そして、彩音にアレコレと近況を話している内に、

なぜか彩音と私、翔くんと橋本くんの4人でカラオケに行こうという話になった…。

彩音「で?運命の王子様とはどうなってるんだっけ?」

怜奈「言い方!」

彩音「だってさぁ、あんた入学式の帰り、すごかったじゃん」

怜奈「そ、それは…」

彩音「アヤネ!!聞いて!聞いて!しょ!しょ!しょ!しょーくん!・・・って」

怜奈「あ、あはは…」

彩音「口パクパクさせて、金魚かよ」

怜奈「だって!ほんとに驚いたんだもん!心臓止まるかと思ったんだから!」

彩音「まぁ…確かにねぇ。いなくなったはずの運命の王子様が目の前に現れたら、そりゃあ~嬉しいでしょうなぁ」

怜奈「だから言い方!それとニヤニヤしすぎ…」

彩音は高校に入っても相変わらずだ。

女子中学の頃は何人もの女子に告白されたらしいが…驚くくらいストレートな性格だといつも思う。

彩音「で、なんかアプローチしてんの?」

怜奈「それは…その…」

彩音「まさか小学校の時みたいに、いきなり下の名前で呼んでくれとか言ってないよね。」

怜奈「言ってない!!」

彩音「じゃ、どんな感じなワケ?」

怜奈「その・・・一応、けっこう話ができる状態には…」

彩音「へぇ。それで、あんたのことは覚えてたの?」

怜奈「それが・・・その・・・たぶん、私の存在丸ごと忘れているのでは…という感じです。」

彩音「・・・プッ!」

怜奈「笑うなーーー!!」

彩音「アハハハハ!!マジかー!アハハハハ!」

どんだけ笑うのか。

裏表がまるでないのが彩音の良いところなのだけれど、思った以上に大笑いされてしまった。

怜奈「笑い過ぎ!!けっこう本気でショックだったんだから!」

彩音「ごめんごめん、いや、ほら、小学校の時さ、翌日から音楽室に来なくなったみたいだし?」

怜奈「だからアレは…!!」

彩音「アハハハハ!で、他は?」

怜奈「うーん…とりあえず、朝練に毎日行くらしくて、朝の電車が同じになったんだよね」

彩音「え!いいじゃん。」

怜奈「うん、だから学校までいろいろ話してる感じ」

彩音「へぇ~…神様ってのは粋なことをするモンだねぇ…」

怜奈「ホント。仕方なく早めに家を出てたんだけどね」

彩音の言う通りだと思う。

この歳で変かもしれないが、人生捨てたもんじゃないなと本当に思ったくらいだ。

だが、この辺りから彩音にエンジンがかかってしまった。

行動が大事なのは分かるが、彩音の辞書には「慎重」とか「検討」という言葉がないのだろう。

彩音「んで、連絡先とか交換したの?」

怜奈「え!?」

彩音「はぁ?だって毎朝一緒に登校してんでしょ?連絡先くらい交換できるじゃん」

怜奈「そ、それは・・」

彩音「あんたねぇ…。っつーか、律音くんからは連絡先、聞いて来ないの?」

怜奈「コナイデス…」

彩音「はぁ~~~!律音くんって、変わった子だねぇ!」

怜奈「なんか…マンガとか音楽の話はしてるんだけど…」

彩音「あんたの顔面と、冬服でも隠れないチチを前にして、連絡先聞いて来ないんだ?」

怜奈「冬服でも隠れないとか言うな!大変なんだから!!」

彩音「ふ~~~む。さては律音くん、むっつりスケベさん…か」

怜奈「誠実とか紳士的とか!他にあるでしょ!!」

確かに、個人的に連絡先を交換することで、より仲良くなれるのだろうなとは思う。

だが、それよりも気になるのが、あの瞬発力というか。

冬服でも隠れない…とか、その場の思い付きでよくもまぁ、人をイジってくれるものだ。

彩音「まぁ、下心丸出しで怜奈に近寄ろうもんなら、あたしが腕へし折るけどね」

怜奈「ダメ。それはホントにダメ。」

彩音「奥手な男子か。そいじゃ、カラオケでも誘う?」

怜奈「ムリに決まってるでしょ…」

彩音「いや、二人でって事じゃなくてさ。みんなで行けば良いじゃん。」

怜奈「みんなって、彩音と?」

彩音「吹奏楽部に橋本って男子がいるんだけどさ。律音くんと仲良いっぽいんだよね。」

怜奈「あ、クラスでもけっこう一緒にいるよね。」

彩音「で、みんな小学校は同じで、私と律音くんは私立中学からの出戻り組じゃん。」

怜奈「出戻り…言いたい事は分かるけど」

彩音「また一緒になりましたー、地元民で仲良くしよー、みたいな感じで集まるなら自然じゃない?」

怜奈「な、なるほど。」

彩音のこういうところは、素直に凄いなと思う。

わざわざ私のために考えてくれるのも嬉しいし、なんだか良さそうだと感じるアイデアを出すところが何より凄い。

彩音「で、私がどっかのタイミングで、あんたと律音くんを二人にするから、その時に連絡先聞きなよ」

怜奈「え!?」

彩音「えっ、じゃなくて。ほら、また勉強教えて欲しいとか、口実はいくらでもあるでしょ。こないだ、図書室で爆乳押し付けて勉強教えてもらったって言ってたじゃん。」

怜奈「ちがぁーーーーーーーう!!!!!んなこと言ってなーーーーい!!!」

彩音「いやーー、密着はイイと思うよ。正しいチチの使い方だと思う、うん。」

怜奈「声が小さかったのって言ったでしょ!!」

彩音「ホントかなー」

怜奈「斬るよ」

彩音「おー、怖い怖い。剣道はじめてからの怜奈、コワいよー」

…今日の日記は、嬉しくて長くなってしまった事もあるが、それにしても書いてて力が抜けてきた。

セクハラである。

何度か彩音の空手の試合に足を運んだことがあるが、道着に身を包んだ彩音はとても立派だった。

中学で空手部に入ろうとした時も「なんか輪を乱しそうだから吹奏楽部に入る」と、

試合で何度も優勝している自分のことを謙虚に考えていて、偉いなと思った。

それなのに、なんなんだろう。あのポンポン飛び出すセクハラ発言は。

道着に身を包んで戦う、あの凛々しい女性と同じ人物だと思えない。

怜奈「ま、まぁ…でも、勉強を教えて欲しいっていうのは、切り出しやすいかも…」

彩音「でしょ。じゃ、アタシが橋本に言って、律音くん誘うように頼んでみるから」

怜奈「う、うん…」

彩音「大丈夫だって!心を救ってくれた王子様…伝えたい事があるんでしょ?」

怜奈「うん…。王子様っていうのはちょっと違うと思うけど。」

彩音「よし!じゃ、決まり!動かないと現実は変わらないんだから。あとは行動あるのみ!」

怜奈「わ、わかった、頑張る。」

動かないと現実は変わらない…。だから行動あるのみ。

彩音の言うことは正しい。私もそう思う。たまにああやってカッコいい事を言うから困る。

とは言え、カラオケで連絡先の交換…。

すでに緊張してきている。

あまり意識すると、朝の電車で変に思われるかもしれないから、平常心でいなければ…。

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